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紙飛行機の降り立つ先に

思考メモ、雑記など

白い靴

 スケートを習い始めたのは、6歳か7歳くらいのときだ。
 自分から親に頼み込んで、習わせてもらった。
 教室は日曜の朝で、普段学校へ行くときよりも早起きしないと間に合わなかった。平日ですらぎりぎりまで寝ているタイプの私が、それでも一度も遅刻もズル休みもせずに通いきったのだから、きっと、氷の上で遊ぶことが、相当好きだったのだと思う。
 そう、遊びだ。
 クラスはレベル別に10くらいあった。柔道の帯みたいに、レベル別に色分けされたリボンが配られて、レッスン中は、それを見やすい場所につけておく。クラスが上がったら、身につけるリボンの色も変わる。
 レッスンが始まる時間まで、生徒はウォーミングアップも兼ねて自由に滑ることができた。早く行けば、それだけ長く滑っていられる。だから早起きも頑張れたのだと思う。屋内のリンクだから、風はない。ただ立っているだけではリボンは揺れない。自分が滑ったときだけ、リボンはひらひらとなびく。それを横目に見ながら滑るのは、きもちがよかった。
 リボンの中で、ステータスシンボルだったのが、いちばん上のクラスのしるしである白いリボンだった。半回転のジャンプのレッスンは、最高に楽しかった。
 そう、楽しかった。厳しい先生が多くて、レッスン中に泣いてしまう子もいたけど、それでも私は夢中になれた。自由時間に、「優しい先生」をつかまえて、ちょっとしたスピンを教えてもらったり、見よう見まねで1回転に挑戦してみたりもした。
 白は、私にとって、特別な色だった。
 まっしろなリンク。白いリボン。そして、そのさらに上にある、白い靴。
 教室は大きく2つのコースに分けられていた。正式なコース名は忘れてしまったけれど、リボンをつけるのは、「下」のコースのあいだだけ。白リボンのクラスに上がってしばらくすると、先生から個別に声がかかる。リボンを外して、次の段階へと上がる、推選。私たち生徒のあいだでは「選手コース」と呼んでいた。リボンをつけるクラスのレッスンが終わったら、入れ替わりで「選手コース」の子たちの練習が始まる。私を含めて、リボンをつけるクラスの子はほぼ全員、レンタル品である赤茶色のスケート靴を履いていた。けれど、選手コースの子たちは、レンタルじゃない、自分の靴を持っていた。男の子は黒。女の子は白。かっこよくて、きれいな、モノクロ。それは憧れであり、目標だった。選手コースに上がれたら、私もあの白い靴を履けるのだと、そう無邪気に思っていた。
 こう書くと誤解を受けてしまいそうだが、幼い私は、スケート選手になりたいと思っていたわけではなかった。ただ、滑るのが楽しくて、もっとたくさん滑っていたくて、上手に滑れるようになりたかった。「選手になるための努力」なんて意識は微塵もなかった。ただただ夢中になれる遊び。それだけだった。
 限りのある、遊びだった。
 いつだったか、スケートをするならバレエも習うと良いらしいと知り、親に頼んでみたことがある。親は頷かなかった。いくつかの理由をつけて、却下されてしまった。今思えば、そのときから、遊びの時間は終わりに向かっていたのだろう。白リボンのクラスに上がってしばらく経った頃、親が先生に呼ばれた。帰りの電車の中で、親は私に言ってきかせた。選手コースに上がることを薦められたこと、しかし上がったら週に何回通うことになるのかということ、そして、お金がとてもかかること。
 子供だった私は、そのとき、初めて思い知った。楽しかった遊びの時間は、親のお金で支えられたものだったのだと。
 親の言葉は続いた。バレエを却下したときのように、いくつもの理由を並べて私を諭した。科白の多くは私の頭を素通りしていった。どうしたって、結論はひとつだ。
「スケートは、ずっと続けられるものじゃない」
 もう遊べない、ということ。
 楽しい時間は、終わりだということ。
 夢中で滑っていた後ろから、現実に追いつかれてしまったのだということ。

 私が白いスケート靴を履くことは、とうとうなかった。
 ほどなくして、私はリンクを降りた。以来、一度も滑っていない。
 それでも、フィギュアスケートの番組は、今でも時々観てしまう。瘡蓋を剥がす行為じゃないかと感傷と自嘲を覚えつつ、それでもつい観てしまうのは、やっぱり、まだ、好きだからだろうかと、思う。熱狂的なファンというわけではない。熱心に追っているわけでもない。それでも、意識の片隅にはずっとスケートがあって、私の手をテレビのリモコンに伸ばさせる。他のスポーツは、オリンピックですらニュースで偶々結果を知る程度という、興味のもてなさなのに。

 この秋に、フィギュアスケートの世界を舞台にしたアニメが始まった。人気ゆえか、当初は放送予定が表示されていなかった私の地域でも、遅れて放送されることになった。私は普段、アニメをほとんど観ないし、疎い。フィギュアスケートのアニメだったから、この作品は私の「観てみようかな」というアンテナに引っかかった。試しに、と観た1話、主人公の回想シーンで、主人公のリンクメイトの女の子が白いスケート靴を履いているのに目がとまった。些細なシーンなのに、瘡蓋を一気に剥がされた心地がした。
 そのアニメは、作品として、とてもすてきな物語だった。観ることができて良かったと思う。知ることができて良かったと思う。きっかけはたしかに「フィギュアスケートのアニメだから」という理由だったけれど、今では夢中で物語を追っている。毎週アニメを追いかけるなんて、いつ以来だろう。

 かっこよくて、きれいな、黒と白を思い出す。憧れたモノクロ。無邪気でいられた遊び。
 くしくも画面の向こうでは、主人公の青年とその好敵手の少年が、各々黒と白の衣装をまとい、対のテーマの曲に合わせて、夢の舞台で命を燃やして滑走している。